第Ⅰ章 乗馬療法について

はじめに

 近年、動物を介在した動物介在療法が広く知られるようになったが、その中でも最も古い歴史をもち世界的に知られていう療法として乗馬療法がある。 本研究では乗馬療法がどのような歴史的背景を持っているのか、また世界や日本ではどのくらい普及しているのか、どのような手順で乗馬療法を実施するのか、どのような効果が期待されるのか などをまとめながら、現在の乗馬療法の認知度、関心度を調査し、その結果を考察し、問題点や課題を考え、乗馬療法の展開を考えることを目的とする。

1節 乗馬療法とは何か

 乗馬療法とは、身体面や心理面に障害を持つ人を対象に運動機能の回復を促進したり、抑うつ感や自信の喪失といった情緒障害を改善することを主な目的とするものである。 治療の対象としては、小児麻痺の後遺症などによる四肢の運動障害が代表である。 このような障害を持つ人、その副次的影響として抑うつなどの心理・感情面の障害をともなう場合もある。 したがって、乗馬療法は運動障害の改善を主要な目的としておこなわれるが、心理面の障害にも改善効果が現れることが期待される。 日本では、乗馬を治療に用いる試みは一般的には知られていなかったが、発祥の地であるヨーロッパや北米では、活動が組織化されてから数えても、すでに 40 年近くの伝統を持っている。 このような馬の力を借りた健康増進活動を、障害者のための乗馬(Riding for the disabled)、馬介在療法(Horse-assisted therapy)、乗馬療法(Hippo therapy)、などで表現され国内では障害者乗馬、乗馬療法、乗馬療育、治療的乗馬など様々である。また、活動の主眼がより医療的なものと、よりスポーツ的、レクリエーション的のものまで幅広く、一様ではない。

2節 乗馬療法の歴史と現状

(1) 歴史

①20世紀まで

 犬や猫などのペットを心理面の障害の治療に利用する試みは最近始まったものだが、馬は心身の治療に役立つという考えやその試みは、それよりはるかに古くからあった。 メイベリーによれば、ギリシャ・ローマ神話の中では馬が治療能力を持つものとして扱われている。 馬を治療に役立てようとするその後の試みについて、ベインによる乗馬療法の歴史に概要によれば、ギリシャ時代、古代リュディア王国の都市サルディスのオシバシウスが2人の男性に病気の治療のために乗馬を適用して効果があげたことが記録されているという。 17世紀、1670年にはトマス・ザイデンハムが痛風治療のための乗馬を奨励し、オウガスト・ティソは結核の改善のために勧めている。 19世紀に入ると、ブラウン医師が 1870 年に「治療としての乗馬の理論的根拠」という本を出版し、病気治療のための乗馬の処方を説いている。 現代の研究への橋渡しとなる組織的な研究は、チャセインが 1875 年から始めたものである。チャセインは乗馬が片麻痺や対麻痺といった神経系の麻痺の治療に効果があり、姿勢やバランス、関節の動き、筋のコントロールを改善することを明らかにした。 この研究は一部には知られていたものの、広く関心をひいてはいなかったという。

②20世紀以降

 現在の乗馬療法の基礎となったのは、1950 年代にヨーロッパでリズ・ハ-テルが始めた活動である。 彼女は幼少時から乗馬を学んでいたが、当時、世界的に流行していた小児麻痺に感染して後遺症で下肢が麻痺状態になり、車椅子生活を余儀なくされた。 その後、手術と理学療法を行って松葉杖で歩けるように回復した。 さらに、乗馬療法を行って下肢の筋力の回復を図り、ついには 1952 年のヘルシンキ・オリンピックの馬術競技で準優勝するまでに至った。 その後、コペンハーゲンやオスロの整形外科の病院で、運動神経の筋調節の病気、脳性麻痺、小児麻痺の子どもが乗馬療法を受けて、意欲の向上、バランスや筋のコントロールの改善を示した。 これが国際的に大きな反響を呼び、当時流行していた小児麻痺の後遺症の治療に乗馬療法が積極的に使われるようになった。 その成功を受けて、イギリスではさっそく身体障害者向けの乗馬療法が始められた。 1953 年からストラングが国際ポリオ財団から支援を受けて身体障害者向けに乗馬療法を始め、毎年乗馬大会を行うほどの成功をおさめた。 1954 年には、ノラ・ジャックが子どもとポニーを集めて共同体を作り、これが 1964 年の身体障害者乗馬財団の設立へとつながった。 財団はエセックス州のチグウェルに、身体障害者用としては初めての乗馬施設を建設した。 この財団の設立によって、イギリス全土で乗馬プログラムが組織化されていき、手順の標準化が進んだ。 一方、理学療法の専門家だったセイウェル女史は、1957 年に病院内に慢性の身体障害者のための乗馬クラス治療の一環として組織し、さらに 1963 年にはウインフォードに通年利用できる屋内馬場を建設して、乗馬療法の実践やその手順の開発に努力していた。 北米ではイギリスより多少遅れて、カナダのトロントだ 1965 年から 1966 年にかけて、乗馬インストラクターのバウアー、医師のレナードとフィールデン煮より乗馬療法が開始された。 彼らは最初わずか 2,3頭のウマで活動を始めたが、1968 年には障害者乗馬連合団体(Community Association for Riding for the Disabled)を設立し、北米での乗馬療法の発展の基盤を作った。 同じ頃、カナダの赤十字の後援で、エルマー・バット医師がオンタリオ州ウィンザーで脳性麻痺の患者に乗馬療法を始めた。 アメリカでは、1967 年にモード・ハンターワーフェルが障害者家族馬術国家財団(National Foundation for Happy Horsemanship for the Handicapped)をフィラデルフィア郊外に設立した。 これを受けて、多くの小規模な乗馬療法組織が各地で設立した。 一方、ミシガン州では、慈善家のシェフが乗馬療法のために創設した基金、シェフ財団をもとに、1969 年にはリンダ・マコーワン女史が暖房 付の馬場も備えた大規模な乗馬療法施設、シェフ・センターをミシガン州オーガスタに開設するまでになった。 この施設は大規模な乗馬施設であり、周辺各地から多くの参加者が訪れて活動し、乗馬療法の知識や技術を持ち帰った。 これを期に乗馬を治療として用いることが広く認識され、さまざまな基金が持ち込まれ、乗馬プログラムが発展した。 そして、1971 年頃には北米での標準的な乗馬プログラムが完成した。 なお、シェフ・センターは世界でも最大規模の乗馬施設として、現在でも北米での乗馬療法の中心的役割を担っている。
 1969 年にはイギリスとアメリカで相次いで現在につながる全国的な乗馬療法の組織が誕生し、本格的な組織的な取り組みが開始された。 ドイツでも 1970 年代はじまりにはリハビリセンターが作られ組織化されるなど、乗馬療法は世界中に広まり、現在に至 っている。

(2) 現状

①イギリス・アメリカ・ドイツ

 リーズ・ハーテルの活躍が乗馬愛好家や医師、理学療法士をかりたて、本格的な乗馬療法組織が相次いで創設された。 世界で最初に乗馬療法組織が設立されたのは、乗馬が盛んなイギリスだった。 イギリスでは RDA(Riding for the Disabled Association:障害者乗馬協会)という慈善団体が 1969 年に設立された。 RDA は障害者に乗馬の機会 を提供し、健康の向上を目指す団体であり、イギリスだけでなく、オーストラリア、ニュージーランド、シンガポール、フィリピン、香港、日本などにも支部を持っている。 イギリスはもともと乗馬が盛んでウマが身近な存在であることもあって、1988年で800を超える組織が RDA に登録している。 また、アメリカでも同じ年に NARHA(North America Riding for the Handicapped Association:北米障害者乗馬協会)が設立され、それぞれヨーロッパと北米の拠点となった。 NARHA は障害者への乗馬の促進団体であり、デンバーに本部を置いており、乗馬療法の乗馬インストラクターの養成や施設の評価や障害の種類についてのガイドライン作り、障害ごとの乗馬の注意事項の作成やプログラムの指針の作成などを行っている。 アメリカでも 1998 年で 500 を超える施設がNARHA に登録して身体障害者の子どもに乗馬療法を行っている。 いずれの国でも乗馬療法は受け入れられて盛んになっており、NARHA では 1 年間で 20 を超える登録数の増加を示している。 さらに 1970 年にドイツ治療的乗馬協会が創設された。 ドイツでは治療的乗馬療法がより一層重視されており、乗馬は医師が判断する処方箋の一つであり、代替え医療として私的健康保険も適用されている。

②日本

 日本国内での乗馬療法への取り組みは、イギリスやアメリカより 20 年遅れて、1992年の北海道大滝村の福祉法人大滝わらしべ園の活動に始まる。 そこでは乗馬療法を理学療法的の一つと考え、治療に取り入られた。 その後、障害者治療へ乗馬を取り入れる試みは増え、RDA の日本支部の 1998 年の報告では 26 団体が障害者のための乗馬を行っている。 ただし、必ずしもすべての団体が治療の手段として乗馬の組織的なプログラムを組んで導入しているわけではなく、治療効果よりも障害者へのレクリエーション効果を期待して導入している場合もある。

第Ⅱ章 障害者にとっての乗馬療法

1節 乗馬療法の形態と効果

(1)乗馬療法の形態

 馬とのふれあいと乗馬が障害を持つ人々にもたらす影響は、1950年前後からイギリスやドイツを中心に取り組まれ、60 年代以降、特にドイツでその理論と方法論が開発された。 ウマを用いたこの領域は、さらに《医療としてのアプローチ》、《心理・教育的なアプローチ》、《スポーツ・レクリエーション》などに分けられ、各分野はそれだけに特化せず、むしろ重なり合うことで相乗効果を生み出している。

①《医療としてのアプローチ》

 均整の取れた正しい歩様で歩く馬に騎乗することで、人間の歩行とよく似た前後左右の3次元的運動を体感でき、骨盤の水平にして歩行パターンを向上することができる。 馬の上下運動が、呼吸や発声・発語器官である肺や内臓への直接的な刺激を与えるため、横隔膜や肺、のどの緊張をリラックスさせ、呼吸のバランスを整える。 障害者乗馬の療法的効果は様々で、その障害の種類や程度、騎乗法などによって異なる。 ただし、日本では障害者乗馬はまだ医療としては認められておらず、今後この分野が発展するためには、医療側の人々の積極的な参入が必要となっている。

②《心理・教育的なアプローチ》

 人間の気持ちは、無意識に身体だけを預けて気持ちは預けないということはできない。 馬に自分の身を任せ、身体を通じての信頼関係を築くことを学ぶ。 乗馬だけでなく、引き馬や世話をすることで馬とコミュニケーションすることにより自分たちと同じ生き物に対する共感や思いやりを育む。 全国の養護施設などの障害者施設でも、障害者乗馬活動を取り入れているところが増えている。 また近年は障害者だけではなく、不登校児の適応指導教室や少年犯罪の補導委託先として、乗馬施設の大きな役割を担っている。

③《スポーツ》

 大きな大会に出場することで自身が養われ、競争のなかで人間として成長していく。 実力さえあれば誰もがスター選手になることができるように、スポーツは本来、年齢、階級、人種、社会的地位などの違いを無くしてしまう性質を持っている。 パラリンピックシドニー大会では日本チームが初出場を果たし、好成績を収めた。 また、毎年開催される障害者乗馬の全国大会では、ジムカーナなど思い切り楽しむための競技も行われ、多くの参加者が集まっている。

④《レクリエーション》

 心から乗馬を楽しむことで生活が豊かになる。 親も実際にウマに乗ることで、視線の高さやバランスの取り方の難しさに驚き、楽しそうに乗るわが子を見て、普段の生活ではなかなか気づくことのできない可能性を体感することができる。 障害者乗馬が医療として認知されていない日本では障害者が親や一般の健常者と一緒に、馬とのふれあいや乗馬を楽しむことを目的とするレクリエーションとしての活動が最も多く実施されている。

(2)乗馬療法の効果

 乗馬による効果は一般に身体面と心理面と社会面に現れると考えられている。

①身体面での効果

 姿勢の改善、バランスの向上、歩行時の協調運動の改善、下肢の筋の強化、筋緊張の緩和である。 さらには、心臓機能や呼吸機能の改善も指摘されている。 馬は歩行中に前後、左右、上下に揺れ、その動き方は三次元的である。 この動きが人間の歩行時と同様な感覚刺激を脳や脊髄に入力されることが重要な要素であると考えられている。 この感覚刺激は筋肉や腱に存在する固有受容器や皮膚の触受容器の興奮によってもたらされる。 しかし、自分の足で歩く場合と異なるのは、動きをもたらす主体が馬であるため、騎乗者の意思とは無関係に刺激が賦与される点である。 馬はその歩様がまったく規則正しいというわけではなく不規則な動きも含まれている。 規則正しさと不規則さ、予想される動きと予想外の動き、このような感覚刺激が脳内の運動制御神経機構を活性化し、機能開発に結びつくものと考えられている。 また、このような運動性の感覚刺激(機械的刺激)に加えて騎乗者は目線が普段よりも高いため、地面との距離感、つまり身体の位置感覚の刺激が大きく作用する。 騎乗者はこの視覚刺激や平衡感覚を受け止めた上で、それに反応し全身を調和させなければならない。 刺激の発生源が馬側にあるため、騎乗者はこれらの刺激に対して不随意的かつ瞬時に反応しなければならないのである。 また、馬の体温は人間よりもやや高く、平時でも直腸温にして38℃である。 馬の腹部容積の大部分は巨大な盲腸と結腸が占有しており、これらの腸管の中では微生物によって食餌である植物繊維が分解されている。 この分解の際に生じる発酵熱が全身に伝わり、馬では皮膚が薄いために馬の体温が騎乗者の皮膚の温度受容器を刺激するのである。 また馬の糞(ボロ)は日常経験しない嗅覚刺激を与えてくれる。

②心理面での効果

 意欲・自尊心の向上、自信・勇気・やる気の向上、注意の範囲・幸福感の向上、動機づけ、空間認知機能・自己コントロール・自己効力感・集中力・身体イメージの改善、自己概念の向上があげられている。

③社会面での効果

 乗馬介助スタッフなど多くの人に出会う機会ができることがあげられる。 乗馬は障害者の機能回復や社会復帰への道を拓いてくれる手段の一つであるが、乗馬による健康促進効果は必ずしも障害者だけに限定されるものではない。 健常者においてもその身体的、精神的改善効果は著しい。 つまり乗馬は障害者も健常者も同じ世界を共有できる点で特徴があり、障害者と健常者とを差別なく扱いやすい分野である。 そして乗馬を通じて社会的コミュニケーションをとりやすいという利点がある。 さらに、乗馬は続けることによって達成感と次の段階への目標ができることや、身体不自由であっても自分の意思で自由に移動でき、高い目線で移りゆく景色を眺めることができるなどがとかく塞ぎがちな患者の心を開放させ、社会への積極的な参加の動機付けとなりうるものである。 いずれの研究を見ても、身体面や心理面など多面的な効果を期待していることがわかる。 その効果は次のような段階を経て生じると考えられる。 乗馬療法により身体面の改善が生じると、抑うつ感といった感情面の改善や自信の回復といった心理面の改善がもたらされる。 そして、向上した志気により、療法にさらに積極的に取り組み、その結果、乗馬療法効果が上がり身体状態が改善する。 ただし、治療の対象となる症状によって、改善される面が異なる場合や、乗馬療法の進行の段階によって改善される面が変化していくこともあるだろう。

2節 障害者乗馬実施のための基本要素

 障害者乗馬活動を行うために必要な基本要素は、①馬、②人、③場所(馬場など)、④ 馬飼養施設、放牧場である。

①馬

 一般的にポニー(体高 148cm 以下の馬)、重種の血が混じった半血種、クオーターホースなどが用いられる。 日本で障害者乗馬活動を行う場合、体高があまり高い馬は騎乗者への操作の上で制限がかかるため使いにくい。 馬の体幅(胴回り)は大きいほうが馬上での安定感や馬上体操の操作の選択肢が広がるために好まれる。 馬の歩様は後肢の踏み込みにメリハリにある馬がよい。 馬は経験豊かな個体であることが必要で、馬上での各種操作や掛け声、騎乗者の嬌声、周囲の騒音などによっても驚いて暴れることのないよう十分に調教されたものでなくてはならない。 そのため、馬の年齢は 6 歳以上で雄の場合は去勢されたせん馬が使われる。 また競走馬として育てられた馬は年齢が高くても通常は使用に適さない。 生後直後から人間のスキンシップを受け、人間生活との共生関係が確立された馬でなければならない。

②人

 クライアント(障害者などの利用者)、インストラクター、リーダー、サイドウォーカー(ヘルパー)である。 クライアントには障害者の場合、脳性麻痺、自閉症、情緒障害、知的発達障害が多い。 クライアントの状態は家族や医師、理学療法士、作業療法士などから十分な説明を受け、実施に際してはインフォームドコンセントも必須である。 インストラクターはクライアントと馬の組み合わせ、乗馬プログラムの方針決定を主導するとともに、現場ではリーダーやサイドウォーカー(ヘルパー)に的確な指示を与え、クライアントへの呼びかけや励ましなど、あらゆる面で重要な役割を持っている。 また、クライアント一人一人の経過把握や毎日の乗馬終了後のディスカッションや記録の保管などに関しても責任をもって実施する。 リーダーはインストラクター同様に乗馬経験が豊富な人がつき、馬の発達、静止、歩様をコントロールする役目を持つ。 サイドウォーカー(ヘルパー)は馬の左右あるいは左右どちらかに位置してクライアントの支持、保定を助け、インストラクターの支持をクライアントに伝達したり、励ましを与える。

③馬場

 障害者乗馬を行う場所である。 馬場は民間および市町村の乗馬施設で提供される場合や正規の馬場ではないが、河川敷や公園など適当な空間を利用して行われることもある。 この場合、主催者の要望に応じて馬とスタッフが派遣される事例が多い。

④馬飼養施設・放牧場

 馬飼養施設はいわゆる厩舎と呼ばれるものである。 クライアントの内容や馬の健康状態によって適切な馬を選択することと、馬には休養が必要であるからである。 放牧場は馬の自由運動、菜食活動など馬を日常の制約から解放させリラックスさせる上で意義がある。

3節 乗馬療法の実施方法と効果

(1)乗馬療法の実施方法

 乗馬療法は、1970 年台の初期にハスキンらによって実施方法が示された。 最初に、乗馬療法に先立ち、馬の選択と患者のリスク評価を行う。 乗馬はある程度の危険を伴うので、患者にどの程度までのリスクを与えられるかということについて、事前および乗馬療法の最中に評価し、無理をせず適切な訓練段階を実施する。 療法としての乗馬の最初の段階では、基本的に一人の患者が馬に乗り、それに一人のリーダー、左右二人のサイドウォーカー、一人のインストラクターがつく構成をとる。 リーダーは綱を持ち馬を引いて馬の歩行をコントロールする。 サイドウォーカーは乗り手がバランスを崩して倒れそうになったときの補助を行う。 インストラクターは、乗り手がすべき運動課題を提示し、馬の歩く方向を決定する。 乗り手は、安全な乗馬のために長ズボンとヘルメット、適切な靴を着用する。 乗馬の導入にあたっては、乗り手に不安感や恐怖感がある可能性を考慮して、最初は単に馬のそばに立ち、馬に触らせる段階から始める。 そこで馬に対する恐怖心や抵抗感がなければ、静止した馬にまたがって座る段階に移る。 さらにその座った状態で片手を離す練習、両手を離す練習、片手で馬のお尻を触り後ろを振り向く練習、体全体を後ろにのけぞらせる練習と続けていく。 時には、頸にしがみつき姿勢や後ろ向きに乗った姿勢をとってもらう。 この段階がすんだら、次は歩行している馬の上での上述の練習を行う段階に移る。 そして、これらすべての段階を十分こなすことが出来るようになったら、最終的な段階として、リーダーやサイドウォーカー、インストラ クターなしで一人での乗馬が許可される。 以上がハスキンらの記述であるが、ある段階から次の段階に進むかどうかは乗り手の技量やリスクを評価して決めることであり、すべての乗り手が最終的な段階まで到達することを目標とすべきではない。 また楽しんで乗馬虜法を行えることが、乗馬への動機づけの維持や心理的な症状の改善に結びつくため、ゲームの要素を取り入れて乗馬療法を進行するような工夫も必要である。

(2)乗馬療法の適用疾患

 乗馬療法で治療の対象となる疾患は、以下の通りである。

身体症状 小児麻痺 脳性まひ 多発性硬化症 二分脊椎身体症状 脊髄炎 脊柱奇形 多重骨折 先天性の奇形 四肢の切断
精神症状 精神症状 知的障害 情緒障害 注意障害 言語障害 認知・知覚障害 学習障害 自閉症 精神病

4節 新しい福祉としての障害者乗馬

 障害者乗馬は優れた社会復帰手段であるが、日本ではヨーロッパや北米、 オーストラリアなどの諸外国に比べ、その普及度はまだかなり低い。 その原因としては、①経済的支援不足、②指導者不足、③適正な馬の調達不足、など様々な要因が考えられるが、最大の要因は①の経済的な問題である。 障害者乗馬を実施するには、馬の飼養管理費、人件費、施設維持費、馬具代、傷害保険料、輸送費などをまかなうだけの収入がなければならない。 インストラクターやヘルパーもボランティアという位置付けでは恒久的な維持、発展は望めない。 彼らに対しても相応の人件費が見込まれなければならない。 現在、民間の施設では 1 回に 30~40 分の乗馬で 5 千円程度の使用料を利用者側が負担する場合が多い。 この料金は諸外国に比べてかなり高いが、日本ではこの料金は採算ぎりぎりのラインである。 利用者に対してあまり多くの負担をかけにくい事情もあり、このような経済的理由により抜本的な発展が阻害されている。 近年、国内研修や海外研修を通して豊富な知識と経験を積まれた人々が増えているが、このような人たちをボランティアではなく職業として迎える社会の仕組みが必要である。 また、海外では篤志家や企業からの寄付が多く集められ、その資金源が障害者乗馬活動を経済的に支えている。 しかし、日本の現状は、半ば自己を犠牲にした有志、篤志のグループによって行われている。 ただそうした中に、いくつかの市町村が新しい町づくり、村づくりの一環として、障害者乗馬あるいはウマを中心に据えた福祉政策を打ち出し、現実的にそれを目的といた施設が建設され、あるいは企画されている。 この背景には、高齢者も若い人も、障害者も健常者も、ともに利益を共有することが可能な福祉政策の考え方があり、なるべく多くの住人に親しまれ利用される施設建設への思いが込められている。 障害者のための福祉施設や高齢者のための福祉施設は隔離された位置づけではなく、今後は福祉エリアに多くの市民が楽しく集まれるような社会構造が必要である。